ラブライブ! 2nd Season

ラブライブ! 2nd Season 『#13 叶え!みんなの夢――』


 亜里沙はどんだけ雪穂が好きなんだ(笑)。朝からよく一緒にいるよねぇ。
 そしてまさかのにこママンがセーラームーンで、母親勢のガチっぷりに拍車がかかって浅野真澄が浮く(えー)。
 しかし、にこの実はママンには甘えん坊な事実は、真姫のサンタ発言を馬鹿にしたことへの大ブーメランにしか見えなくて最後までにこを使ったギャグにげんなりするのであった。
 結局ラブライブは優勝で幕を閉じたわけだが(ていうかアンコールまでやっといて優勝できなかったら逆にやばい)、正直ラブライブで勝つことがほとんど重要でない作りになってたので、その辺はA-RISEのことを考えると残念かなぁ。


 絵里は序盤における明確な超えるべき壁としてあり続けたが、いかんせん立ちはだかっていた理由が恐ろしく個人的趣向に走っていたのが生徒会長としての印象を悪くしたと思っている。
 まぁ絵里がいなかったらここまでやれなかったのは断言できるけどな! μ'sに入ってからのデレっぷりは最高だったし!! スクフェスでのやりとり見てると「そこまでっ!?」思うことがあるくらいに(笑)。後輩にラブレターもらってる海未をからかうエリーチカとか想像できるかね君(えー)。
 希はその人妻ヘアー気に入ったのか(笑)。
「大きくなったわね…」
 お前らは元から大きかったけどな(胸囲的な意味で)っていうツッコミ待ちですね、わかります(マテ)。
「もう立派な生徒会長やね」
 部活費用とダイエットの一件で生徒会長としての穂乃果の株は下がりまくったのでぶっちゃけ全然そうは思えないのが辛いところ。その後頑張ってたのはわかるけど。


 ここまで愛してるばんざーい!が全然日の目を見なかったことにぶっちゃけ失望していたので、ここで真姫ピアノ伴奏による全員大合唱に諸手を挙げて喜んだのであった。
 卒業式で歌うんだろうなぁとは思ってたけど、まさか卒業生と一緒にステージで踊り狂うわけにもイカンだろうしと危惧していたんだが。まさにμ'sのきっかけを作ったこの歌で終わらせるとは。
 ところで、愛してるばんざーい!ってμ'sの持ち曲として認知されてるんだろうか(笑)。完全に真姫のオリジナル曲だもんなぁ、これ。


 そうそう、部長の引き継ぎやってないと思ってたんだ。そりゃ花陽一択である。
 そして凛がリーダー候補として確定してるので、必然的に真姫が参謀役に抜擢されるのも道理。絵里の計画通りである(えー)。
 これ、穂乃果達が生徒会を引退する頃には三人が後を引き継いで新一年生に部の運営を任せる流れになるんだろうか。そしたら次の部長は亜里沙だな(笑)。


 白いほうがオスだったことがこのアニメで一番の驚愕ポイントだよな!?(えー)。
 エリーチカにアルパカが懐かないのは大体キャラデザの中の人のせいです、ありがとうございました。


 この瞬間、完全にμ'sは終わってしまった。
 だが、そこに感傷はあっても未練はない。やり切ったのだ。もう何もないくらいに完璧にやり切ったのだ。だから悲しむことはない。涙などいらない。


 って綺麗に終わらせたなぁと思ってたらこれだよ。
 別に完全新作劇場版があるのは構わないんだけど、それの布石をここで打つ必要はないんだよ。すげー中途半端に見えるから。そうなることを危惧してラブライブ本戦までやるのかどうか心配してたのに、こんな綺麗にまとめておいて何故それをブチ壊すような演出入れちゃったんだ。μ'sの歴史は幕を閉じ、ここで別れてそれぞれの道を行く、でいいじゃないか。完全に蛇足だわ。


 最終回なのにどうしても入れられなかったライブの代わりに、最後にPV風パートを入れる念の入れようだったんだぞ。
 最後の落とし方だけが残念すぎるわ。


 総評。
 途中までは正直もっと評価低くなると思ってたんだ。
 全体的な話の流れはいいけどそれを補強するエピソードに不備があるっていうのは1期と同じ失敗を繰り返したと言えるが、1期と違って2期ではその補強エピソードが主人公にまつわる回で頻繁に発生したのが最大の欠点。
 別に7話や9話のことだけを言ってるのではない。というのも、1期は“高坂穂乃果”という個人が主人公であったのに対し、2期の主人公は“μ's”というスクールアイドルグループそのものであったのだ。このアニメは“μ's”というスクールアイドルグループが卒業という時間制限の中でいかに自分達を在り方を見出すかという物語なのである。
 よって、すべてのキャラが主役となったサブストーリーが主人公として本筋を補強するエピソードになる。4話ならにこが、5話なら凛が主体となるエピソードが本筋の出来に直結する。これが1期との大きな違い。
 穂乃果の成長をメインとした1期では、にこの性格や絵里の加入経緯などは重要な要素であっても主人公である穂乃果の評価には直結しないので本筋の評価には影響が出なかったのだが、2期ではそうはいかない。
 不備があった具体的な点は各話の感想で触れているので割愛するが、メインストーリーの直結部での不備の多さで完全に1期よりも評価は下になると思っていたんだ。

 だが、しかしである。
 すべてを見終わった今、正直なところかなり満足して見終わった自分がいるのだ。
 それはざっくり言うとプラスの部分がマイナスの部分を大きく上回ったからである。
 作品を評価する上で重要な要素となるのが『納得』と『感動』の2つ。『納得』とは脚本。筋が通っているか、無理な展開はないか、そういう部分を判断する。『感動』とは演出。音楽、アングル、状況やセリフ回し、視聴者の感情を揺さぶるもの、それらをうまく使いこなせているかを判断する。
 上記の不備はほとんど脚本の部分で発生している。つまり『納得』出来ないことが多かった。逆に、演出という面では近年他に類を見ないほどふんだんに取り込まれ、且つ計算しつくされており秀逸。
 要は、『納得』出来ないことを差し引いても『感動』させられてしまったのである。
 もっと言うと、不備が発生した部分というのは“演出”のために“脚本”をねじ曲げた形跡がある。パクリ疑惑で有名になった6話のミシンのシーンが典型例で(あれがパクリになるかどうかは自分は判断できないので置いとくとして)あのシーンは実はなくても話は成立する。あのエピソードは試行錯誤した上でいつも通りで大丈夫っていう結論に達していることが重要で、ミシンの会話はそれを表現するための補強にすぎない。実際気付くのは穂乃果なのでなくても問題ないのだ。むしろ、にこの株が下がる分余計。
 その辺の演出を担当していたのは監督なんだろう。演出家として能力があるのは間違いないが、時として脚本の整合性を無視して自分のやりたい演出にこだわる余り不備が生じている気がしてならない。策士策に溺れているのだ。
 クリエイターとは時として作品のためには捨てなければならないものがある。自分のやりたいことをやっていい作品になるならやればいいが、そうでないなら自分を捨てることをしなければならないはずだ。

 非常に惜しい作品である。
 作り手の意気込みを感じる作品に出会えることはユーザーとして光栄であるが、作り手のエゴを感じる作品は御免被りたい。

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